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フロッグデニム。
カエルマークが可愛い。
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ずうっとおんなじ場所に居て、つまらない。と何処かへあちこち行く人と、
ずうっとおんなじ場所に居ることに幸せを感じる人。

ちょっとした違いだけども随分違う。僕は完全に後者のタイプ。
(格好良く書いたけど、つまりは出不精ってことで)
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ここに母のことを書くのは初めてなので突然なのですが、
25日の月曜日、午後10時05分に母が逝きました。

5年前に乳がんの手術。
手術自体は成功しましたが、状態はレベル1~4の「4」でした。
この頃から僕が家の食事を作る機会が増えました。
日々の食事には気をつけていたんですが、それでも肺やリンパなどに転移していき、
その度に抗がん剤の治療や入退院を繰り返しました。

去年の秋頃、「いつかは分からないけど、次に入院した時が最期だと思っていて」と医者から言われ、
2008年になって早々に「もう抗がん剤をやめようと思う」と母から告げられました。
劇的に良くなる訳でもなく徐々に悪くなっていく一方で、治療自体とても辛かったからだと思います。
この時、がんは肝臓にまで転移していました。

最後の入院が2月12日。
この日の前日まで看護婦として働いていました。
身体の辛さを紛らわす為に働いていたようです。
治療中、辛いとか苦しいとかいうことは家族にも誰にも言いませんでした。そういう人でした。
生涯現役看護婦。「燃え尽きた」という言葉が相応しいと思います。
ちなみにこの春で定年退職の予定でした。

控えめな性格で、あまり自慢や自信を感じさせることはしない人だったんですが、
27日の通夜には500名もの人達が参列してくれ、
改めて親がこれまでに残して来た「跡」みたいなものを感じることが出来ました。
お見舞いに来てくれた方、参列されていた皆さんが口々に言われるのは、
愚痴や文句を言わず、我慢強く、ただただ真面目な努力家だったということでした。
(この「我慢強さ」が病気を悪化させた原因にもなったようです)


治療をやめると決意した時、どんな心境だったんだろうか。
楽しい人生だったんだろうか。

そんなことを思うと何とも言えず、堪らない気持ちになるけど、
じわじわと心のどこかで余命を感じながら長い期間を過ごして来たのと、
最期の時はかなり辛そうで痛々しかったので、ドスンと落ち込むというよりはどこかほっとしています。
やっとゆっくり休めるんだなぁと。

母親の生き様を間近で見ていて、いろいろと考えさせられました。


長い間ほんとうにお疲れさまでした。
天国でゆっくり休んで下さい。




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葬儀を終えてほっとひと息つけたこの日、北陸で春一番が吹いた。